朗読台本・35 お山のためならえんやこら
「お山のためならえんやこら」
私は鼻歌混じりにGペンを動かしている。今日は山場で、いわゆる「修羅場」というやつだ。
私は売れない漫画家だけれど、それでも私の漫画を楽しみにしてくれる読者のために、山を越えようとしている。
アシスタントに交互に休みを取るように伝えて、私は主人公の顔にペンを入れていく。
毎回思うのだけど、私の漫画、ワンパターンじゃない?
私は手を休めないまま、ある子のことを考えていた。
それは私が漫画家になって初めてもらったファンレター。微笑ましい字で、書き出しはこう。
「先生はじめまして。わたしは小学3年生です」
きっと何度も書き直したんだろう、ラメ入りのカラーペンで一文字一文字丁寧に、私の作品のここがよかった、あそこがびっくりしたと書いてあった。その頃私はOLと漫画家、二足のわらじを履いていた。
回を追うごとに、〆切がギリギリになるし、思い切って会社を辞めた。
そんな時、処女作がクライマックスに向かう。考えあぐねて、ハッピーエンドにした。
私に力をくれた、初めてのファンレターをくれた、あの子に捧ぐ。
本誌に掲載された後、また、あの子からファンレターが届いた。
「これからも、かき続けてください」
私はこの言葉を胸に、今日もペンを取る。
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