2021.11.14 08:43朗読台本・37 サイコパス 駅前のコーヒー店で彼女と喧嘩をした。 きっかけは些細なこと……でもないけれど、ぼくらの未来のことだ。 あなたは何もわかってないというけど、ぼくだってそうさ。でも、未来なんて不確定要素に、「ずっと」なんてつけられるわけないじゃないか。 ぼくは傲慢だ。君が何処かに行きたいって言ったとしても、ぼくは君を離さない。それでも、君は、ぼくを気味悪が...
2021.11.14 08:39朗読台本・36 Omnibus 四人掛けのボックスシートの列車に乗る事なんて滅多にある事じゃないから、その言葉が私に向けられたものだと気付くのに少しの時間がかかった。 上等そうな漆黒のコートから覗くループタイ。手にはスネークウッドのステッキ、見事な白髪。物腰の柔らかそうなご老人。「ご一緒してもよろしいですか」 上品な彼はもう一度そう言って、私の向かいの席を見遣った。私...
2021.11.02 16:02朗読台本・35 お山のためならえんやこら「お山のためならえんやこら」私は鼻歌混じりにGペンを動かしている。今日は山場で、いわゆる「修羅場」というやつだ。私は売れない漫画家だけれど、それでも私の漫画を楽しみにしてくれる読者のために、山を越えようとしている。アシスタントに交互に休みを取るように伝えて、私は主人公の顔にペンを入れていく。毎回思うのだけど、私の漫画、ワンパターンじゃない...
2021.11.02 16:00朗読台本・34 酢豚のパイナップル「酢豚のパイナップル、だあ?」 同僚の山元が炒飯をかきこみながら素っ頓狂な声をあげた。「お前、そんな事いつも考えてんの?」 僕は「そんな事」と言われて少しむくれる。僕にとって酢豚のパイナップルは仇敵と言っていい。まだ給食を食べていた小学校時代から、その戦いは始まることになる……。 給食が僕と酢豚のファーストコンタクトだった訳だけど、甘酢あ...
2021.11.02 15:58朗読台本・33 空(から)の音色 サクソフォンの調べが流れ、その音がまるでリボンみたいに店内に漂う、朝の時間が好きだ。 この時間は、人々の気持ちが、家から会社、半々くらいになっていて、リラックスと緊張の転換を行っている。 ぼくがブレンドに口をつけて、タブレット端末をいじっていると、パーティションごしの向かい側にカップとソーサーを持った女性が座った。 淡いグレージュのコー...